『モーレツ宇宙海賊』と向かい合った日々
監督 佐藤竜雄
加藤茉莉香 役 小松未可子
(文=藤津亮太)
――『モーレツ宇宙海賊』は今年で放送10周年です。
小松 再放送が始まったことで、本当にいろんな方から10周年の反響をもらって、その大きさに驚いてます。この10年、体感では一瞬で過ぎた感じなんですけれど、第1話の再放送で自分の演技を見た時は、ゾゾゾゾってなりました(笑)。
佐藤 現場が動いたのが2010年からなので、オーディションも2010年なんだよね。だから、感覚的には10年どころか、もう干支が一回りした感じで。2010年に文芸の作業に着手をしたんだけれど、年を越えたところで「来年放送に延びたから」といわれて、放送がいきなり2年後になってしまった。
小松 (笑)。
佐藤 当時原作が1巻しか出ていなくて。そこでは一発目の仕事を描いた後、回想に入って茉莉香がなぜ海賊になったかを描いていく構成になってました。でもTVアニメでそれをやると、2クール分のエピソードが足りなくなってしまう。そこで茉莉香が普通の高校生をやっているところから始めたんです。とすると役者さんには、海賊らしさよりは女子高生らしさ、特にハキハキと声がよく出て、機転が利きそうな感じがほしいな、と。そこが茉莉香のオーディションの基準でしたね。
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TVシリーズキービジュアル
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加藤茉莉香
小松 私にとってはデビュー作の次の作品で。同時期に別作品でやっぱり女の子の役が決まっていたんですけれど、茉莉香のほうが等身大のキャラクターでした。でも等身大だから自然にできるなんてことはなく。当時は茉莉香というキャラクターをどう作り上げようか、いっぱいいっぱいで、アフレコに行く時もしかめっ面で歩いてました。それを(花澤)香菜ちゃんに見られて、「めっちゃ顔怖かったよ」とか言われたり(笑)。
佐藤 当時は、新人の子たちは「当たって砕けてくれ」と思って録ってたからね。
小松 そうですね。当たって砕けて、さらに思わぬところから当たって、みたいな感じでしたね(笑)。
佐藤 キャリアは浅いわけだから、こちらもそこは承知でキャスティングしいるわけで。でも今になって改めて見ると第1話とかのお芝居を見ると「おお」とはなるよね(笑)。第1話の収録の時は、音響監督の(明田川)仁さんと「まあ、こんなもんでしょう!」と言って終わったよなぁと思い出したり。
小松 私も家で恐る恐る見て、わー!ってなってます(笑)。ただ逆に、今はもうこのニュアンスは出せないんだよなあっていう切なさも感じます。「作ろう」ってやって出してる感じじゃなくて、本当に精いっぱいやってこうなったって言う雰囲気が、もう……今は出てこないなと(笑)。多分、物理的に喉が出来上がってきたというのもあると思うんですけど、当時にしか出せない青さが炸裂してるお芝居なんですよね。
佐藤 20代から40代、幅広い年齢の人が集まったキャスティングだったから、小松さんとか新人勢は、そこで頑張ってもらえればいいと思っていて。一方でクセのある人たちは、何を投げてくるんだろうねって楽しみにしてましたね。例えば、堀江(由衣)さんはこういう時、仕込んでくるんで。
小松 そうです!
佐藤 堀江さんは弁天丸クルーのクーリエ役で出てもらっているんだけれど、兼役でキャサリンっていうセレニティ王家の近衛小隊長をやってもらったんですよ。このキャサリンはほとんどしゃべらないキャラなので。でも生まれた赤ちゃんをあやすシーンになったら、よく聞くと「よーしよーし」って低い声で言ってるという。
小松 ふふふ(笑)。
佐藤 あれを録った時は、ちょっと笑いましたね(笑)。
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クーリエ
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キャサリン(左のキャラクター)
小松 アドリブで思い出すのは、ヨット部のメンバーがワチャワチャ話をしている後ろで、チアキちゃんがアドリブをやるんですけど、(花澤)香菜ちゃんの出すアドリブがまあセンスがずば抜けてて。その時は「キレてないっすよ」とか言っていて。「それ、咄嗟に出て来ない!」って思いました(笑)。ほかにもそういうセンスがずば抜けてる人たちが多かったので。日笠(陽子)さんにしろ、(伊藤)静さんにしろ、本当に、情報量の多い現場だったなって思います、今考えると。
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チアキ・クリハラ
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ヨット部
――小説を映像化する上で佐藤監督が苦労したところはどこでしょう。
佐藤 苦労というほどではないですが……原作が終わっていないので、どう結末をつけようかということはありました。なので、最後は海賊勢揃いで決戦をやるしかない。そこに原作に登場していない茉莉香のお父さんを出してしまおうと。第5話のアフレコの時に笹本(祐一)先生が立ち会っていたので、そこで「後半お父さんを出します」ってお話をしました。「お父さん生きてることにしちゃったんですけど」って。そうしたら先生は「それは面白い!」って。
小松 そうだったんですか。
佐藤 そういうことを含めて考えていたので、ナレーションを(小山)力也さんにお願いして、そのままお父さんもやってもらおうかなって。そこだけ決めてました。
小松 だから後から振り返ると「第1話からお父さんがいた!」ってなるんですよね。気持ち的には、大どんでん返しでした。
佐藤 笹本先生は、僕の『学園戦記ムリョウ』が好きって言ってくれたんですよ。「あれは宇宙外交もので、自分の『ARIEL』と同じなんですよ」と。そういうところがあったからか、第5話のアフレコをAパートまで見たところで、「これは大丈夫ですね!」と言ってくれましたね。
加藤芳郎
――ロボットの出ない宇宙SFを映像化するという点はどうでしたか。
佐藤 制作会社がサテライトさんなので、宇宙SFといえば『マクロス』シリーズがあるわけです。でも、あれとはちょっと毛色が違うんですよ、というところはありました。メインになるのが宇宙船で、戦闘機とは機動が違う。そのあたりスピード感ではなく、宇宙船らしい重厚感をどうやって出していくか、というのは考えました。結局、宇宙船が単独で飛んでいるシーンが多くなるわけで、そういうところは撮影と3DCGが頑張って雰囲気を作ってくれました。特に弁天丸は、船体のテクスチャーを描いてくれたロマン・トマさんのディティール感に救われたところがありますね。その分、そのほかの宇宙船がちょっとあっさりに見えてしまったりもしたのですが。しかもラストに向けて様々な海賊船が出てくるんですけれど、基本的に円柱のロケット型を基本にするというデザイン的な縛りがあったことあって、デザインのバリエーションをどうするかでも苦労しましたね。
弁天丸
――小松さんは印象的なエピソードを挙げると何話になりますか。
小松 第1話(『海賊、罷り通る』)は特別としても、『意外なる依頼人』(第17話)はヨット部長のジェニーと副部長のリンのエピソードで、確かに「意外な依頼人だな。こういうエピソードもあるんだ」と思いました。あとヨット部のアイちゃんが頑張る『決戦!ネビュラカップ』(第21話)も熱かったです。話数話数で登場人物がガラッとかわるシリーズだったので、弁天丸クルーだけの時もあれば、ヨット部が中心の時もあるという感じでしたね。
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ジェニー・ドリトル(第17話より)
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リン・ランブレッタ(第17話より)
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アイ・ホシミヤ(第21話より)
小松 グリューエル役の戸松(遥)ちゃんは、年齢は一つ下なんですが、声優としてのキャリアは私より数年上で。だから年下でしっかり者のグリューエルと茉莉香の関係と近いところもあって、本当に頼らせてもらいました。ほかにも年代は近いけどキャリアは上の人とか、私と同じようにド新人の人とかがいて、刺激をたくさん受ける現場でした。
グリューエル・セレニティ
――キャストの人数も多いので、賑やかそうですね。
小松 そうですね。そういえば笹本先生のお話が出ましたけれど、笹本先生はいらっしゃる時にいつもロイズのチョコを差し入れてくださって、みんなで喜んでいました。そうしたらある時、(伊藤)静さんがお土産でドリアンのクッキーを買ってきたときがあって、新人たちで挑戦したんですけど、やっぱりすごい味で。みんなで「美味しいチョコを食べた後なのに~」みたいになりました。そんな中、戸松ちゃんだけが「おいしい!」って食べていたことを覚えてます(笑)
佐藤 (笑)。当時はアフレコ終わって、みんなで食事によく行ったものね。
小松 スタッフの方も交えて、行きましたね。……話しているうちに思い出してきたんですけど、佐藤監督のお誕生日の日に、ヨット部員たちでお酒をプレゼントしたんですよ。それを私と香菜ちゃんで買いにいったんですけど、2人ともお酒の知識が全くないまま、デパ地下をうろついて、「どれがいいだろう」なんていいながらよくわからないお酒を買ったんです(笑)。あれが香菜ちゃんと2人でどこかにでかけた初めてでしたね。
佐藤 結局、なんのお酒をもらったんだっけ?
小松 何のお酒を買ったのか、私たちもよくわかってないんです(笑)。確か甕(かめ)に入ったお酒を買ったような。
佐藤 ああ、あれか! 甕(かめ)に入った焼酎でしたね。おいしくいただきました(笑)。
――小松さんはデビュー曲「Black Holy」が『モーレツ宇宙海賊』のイメージソングとしても使われており、音楽活動もここから始まっています。
小松 私自身は、歌を歌うとは思っていなかったので、宇宙をテーマにしたミニアルバムを作るとなって、「歌??」「この歌の視点は茉莉香ではない?」みたいなところからスタートでした。だから、初めての歌唱イベントが、『東京国際アニメフェア2012』でのサテライトさんのステージだったんですよ。声優がいろんな稼働をするにあたってのいろはもモーパイで教わったなって。それは本当にこの当時だからこそできた経験だなって思います。
――2014年には劇場版『モーレツ宇宙海賊 ABYSS OF HYPERSPACE -亜空の深淵-』も公開されました。
佐藤 きっちり終わらせるつもりでTVシリーズを作ったので、「続きをやる」といわれてもちょっと難しいんですよ。そうなるとTVシリーズの続きというよりは、独立した読み切りみたいなものがいいだろうと。公開は2月だったけれど、夏休み映画みたいに楽しんでもらえるものがいいだろう、と。
小松 TVシリーズの収録は放送前に終わっていたので、終わってから2年ぐらい経っているんですよね。だから、ちゃんと茉莉香ができるかどうかはちょっと不安でした。間にパチンコ用の収録があったりしたんですけど、それでも不安は拭えなくて。でも内容をみたら、劇場版は(無限)彼方君から見た茉莉香ということで、ビジュアルもちょっと大人っぽくなっていたので、たった2年ではありますけど、その変化がハマってくれるといいなと思って、アフレコに臨んだことを覚えてます。
佐藤 劇場版は、アフレコが2013年8月11日だったというのを覚えてますね。というのもこの日は夏のコミケで、アニメ系のイベントがないんで、ここならキャストが集合できる、という話で。みんな人気者になってしまったんで、そういう日でないとムリです、とスタッフからいわれました。
小松 アフレコ、夏でしたね。土日に朝から晩まで録りました。
劇場版キービジュアル
――改めて『モーレツ宇宙海賊』という作品を振り返っていかがでしょうか。
佐藤 それまで自分がやってきたことの積み重ねを改めて振り返った作品でした。そして作品を終えたことで、次は何をしようかなと考えるようになった。そういう意味でのターニングポイントというか、中間点という感じです。ただそれはまあ自分の話なのでおくとして、以前からのファンの方、これを機に興味を持った方は、とにかくキャラクターがワイワイやりながら危機を乗り越えていくアニメですんで、そのところを改めて楽しんでいただけたらと思っています。
小松 私にとって『モーレツ宇宙海賊』は、自分の地盤になっている大きな作品です。TVシリーズの時の、茉莉香を追いかけていく立場から始まって、劇場版でなんとか追いつけたかなと思ったところでまた離れていく、みたいな感じだったんですが、10周年でまたこうして近づくことができて。なんか星の巡りみたいなものを感じます。10年前に、『モーレツ宇宙海賊』を出会ってくださった方は、よくぞ出会ってくださいましたと思います。そして10周年を機に『モーレツ宇宙海賊』を知った方は、ここでド新人の私を知ることになるんだな、と(笑)。でも作品と出会った皆さんの目は間違ってないです! 今見てもおもしろいので。これからもそばにあるタイトルとして、楽しんでもらえればと思います。