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第11回 学校給食

 第一話には村雨健次の兄、竜作が学校給食を美味しそうに食べているシーンがある。

  昭和30年代といえば、世の中が少しずつ豊かになってきたとはいえ、まだまだ日々の生活にすら苦労する者も多い時代。この時代、子供たちにとって学校給食は貴重な栄養源であった。
  そもそも、学校給食は1889年(明治22年)山形県の小学校で生活の苦しい家庭の児童を対象に実施されたのがはじまりといわれている。当時のメニューはおにぎりに焼き魚、漬け物というシンプルなもの。その後、首都圏を中心に大正、昭和初期と一部の学校で学校給食は実施され、戦後、GHQの指導の元、学校給食は全国で実施されることとなる。メニューはアメリカから無償でもたらされた脱脂粉乳や同じくアメリカから小麦粉の援助を受けて作られたコッペパン、安価で栄養価の高い鯨肉の唐揚げなど。当時、小学生だった世代に聞くと「脱脂粉乳はまずくて飲めなかった」、「鯨肉はかたくてかみ切れなかった」など必ずといっていいほど、多くの不満を耳にすることになるが、カレーライスが100円の時代に給食は月250円程度だったのだから、当時の状況を考えれば内容的には限界だったのかもしれない。

  政府は1954年(昭和29年)に「学校給食法」を制定し、給食自体を食事についての正しい理解の場とすることや、食事に関する礼儀作法を学習する場として位置づけた。その後、高度経済成長とともに給食のメニューもどんどん豪華なものになっていく。カレー汁やあげぱん、ソフト麺など学校給食は世代ごとに想い出のメニューがある。口を揃えて不満を言う昭和30年代当時小学生だった世代も、懐かしの学校給食が食べられるお店などに通ったり、当時のメニューを通販で取り寄せたりと、やはり当時のメニューには強い思い入れを持っている。
 竜作の食べっぷりを見て、当時の学校給食に興味を持たれた方は、当時のメニューが味わえるお店や当時のメニューを販売している通販のお店を探してみてはいかがだろうか?