啓太といまり&さよかの一日
その日、啓太の家には珍しく悄然とした印象の双子がやってきた。ふら~と順番に窓を透過し、へなへな~と部屋の中央に膝をつく。それから周囲を見回し、 「やっぱりここにも誰もいない」
「へ。そんなことだろうと思ったさ」
そう呟いて、自嘲的に笑いあった。 それを黙って見ていた啓太が声をかけた。
「なんだ? どうした? 珍しく元気がないな」
彼はベッドの中で布団を被って本を読んでいた。彼がかけている布団が分厚くこんもり盛り上がっている。
「おや? どうしました、啓太様?」
と、いまりの方が逆に気のない感じで尋ねると啓太は苦笑して、
「ん? ……あ~、ちょっとな。そう、風邪を引いちまって」
「おや、それはよくない」
はあっと深いため息をつき、さよかがどっこいしょと声をかけながら腰を浮かした。
「玉子酒でも作ってまいりましょうか、啓太様?」
彼女が台所の方に向かいかけるのを見て、なぜか啓太がちょっと慌てた。
「あ、大丈夫大丈夫。俺のことは平気だから。それよりどうしたんだよ? なんだかため息をついているけど」
その言葉でさよかが再度ため息をついてまた腰を落とした。
いまりが「ふへへ」となんだかやさぐれた声で笑った。
二人はまた「ふう」とため息をつくと、肩を落とした。無言。
啓太が困ったように、
「なんだよ~。いつも元気なお前らには珍しいじゃないか。なにか嫌なことでもあったのか?」
その問いにいまりとさよかが唇で薄く笑った。
「いや、嫌なことが合ったというか」
「なにもなかったから嫌、というか」
それから二人は声を合わせて、
「ま、別にいいんだけどね」
「そ~そ。私ら別にそんなことで気に病むほど子供じゃないから」
それから「ふひひ」と「あはは」と乾いた笑い声を立てて、急に笑うのをやめ、同時に「はあ」と肩を落とした。啓太は少し真顔になった。
「まあ、順を追って話せ」
双子は互いに顔を見合わせた。それからまずいまりが、
「まあ、大したことないですけどね」
「そ~そ。たいしたことじゃないんです」
啓太は笑いながら言った。
「お前らがそこまでしょげてるんだ。大したことがあるさ」
その言葉にいまりがちょっと涙目になった。それから慌てて手の甲で目元をぬぐい、
「まあ、啓太様がそこまで言うなら」
くすんと鼻をすすったさよかも続けた。
「話してやってもやぶさかではないんですけどね」
それから、
「啓太様。私ら薫様の犬神たちの間で一番、大きな楽しみにしているイベントってなんだか分かりますか?」
そういまりが上目遣いで尋ねてきた。啓太は首をかしげる。
「さあ? なんだ?」
「ヒント。それはえっと、薫様も含めて十日あります」
と、さよか。
「ん? 薫も含めて?」
「ええ。で、その日はお仕事は速めに切り上げて、なでしこやいぐさが焼いたケーキを食べて、みんなが持ち寄ったプレゼントを開けて、ゲームをして遊ぶんです」
「ははあ」
啓太は笑った。
「誕生日だな。なるほど、確かにお前らは二人とも同じ日だからな。薫も入れてちょうど十だな」
「そうです」
「で、まあ、これまたど~でもいいことなんですけどね」
「け」と吐き捨てるようにさよかが言った。
「あいにくと今日この日がその私らの誕生日なんですよ、これが」
啓太は目を丸くした。
「あ、そ、そうなのか? いや、おめでと」
「いえいえ」
いまりがぺこっと横を向いたまま頭を下げる。さよかがやさぐれたように、
「ほんとけ~たさまだけですよ、そういう風に祝ってくれるの」
「ん? ああ、薫様は別ですよ? 薫様は三日前からお仕事でおでかけですけど、ちゃ~んと私らのためにプレゼントを前渡で買ってくれて、『当日は一緒に祝ってあげられなくてごめんね』って申し訳なさそうに謝ってくださいましたから」
「そ~そ。薫様は別です、薫様は」
それなのに。
と、双子は声をそろえる。
「全く、他の連中ときたら」
「ほ~んと。薄情というか、なんというか」
この段階に至ってようやく啓太も双子が元気ない理由が分かってきたようだ。
「ん~。もしかしてお前ら、他の奴らがお前らの誕生日を忘れていることにしょ気てるのか?」
双子がぐさっとした顔になった。
だけど二人はすぐに強がって、
「ふ、ふ~ん。別に私らはいいんですよ、祝って貰わなくて!」
「だけど、だけど、義理や人情ってもんがあるじゃないですか、この日本には!」
啓太はなぜかくすっと小さく笑った。
だが、すぐに取り繕って、
「いや、でも、もしかしたら後でやるつもりなのかもしれないぞ?」
「慰めはいいですよ。ど~せ私ら嫌われもんなんだ」
と、じわっと泣きながらいまり。さよかが同じくらい必死で涙をこらえながら、
「そ~だよ。みんな私らのことなんてどうでもいいんだ」
「いや、そんなことはないと思うけど」
「去年だって、ちょっと誕生日前に家捜ししてプレゼント全部、事前にチェックしたら怒られてさ『情緒がない』って」
「でも、でも、今年は家のどこを探してもプレゼント無くてさ、そのうちみんな用ができて外出しちゃうしさ」
啓太は『なるほど~、こいつらがそういうことやってたからか』と思ったが、口には出さなかった。
それよりちょっと感心したように、
「傍若無人にやってるように見えてお前らも仲間のこと気になるんだな」
「ふ、ふん」
「大事じゃないです、別に。あんな奴ら」
くすんひっくともはや辺りをはばからずにすすり泣いているいまりとさよか。
ぺたんと腰を落とし、
「わ、私らこれでも一生懸命、他の奴らの誕生日には花や果物で飾ったのに」
「大事に思っていたのに、大事にしていたのに」
「わ~ん、ごめんなさい。悪戯ばかりしていたからみんなに呆れられたのかな?」
「うう、誕生日。みんなに祝ってほしいよう、ううん。祝ってくれなくてもいい。ただ一緒にいてほしいよう……」
そう言ってわんわん泣くいまりとさよか。
ガタゴト。
部屋のあちらこちらで物音が聞こえる。啓太の入っていた布団が揺れた。啓太はもう潮時だろうとこほんと咳払いをした。
「あのな、いまりとさよか」
「はい?」
「なんですか?」
啓太は続けた。
「いや、お前らに気がつかれないようこっそり集まってさ、後でともはねを迎えにやる予定だったらしいんだ。あいつらの話では。なのにお前らが先に来ちゃうからさ、みんなすげえ慌ててたよ」
「へ?」
と、いまり。啓太はにやっと笑って、
「あのな、最初はなんでわざわざうちにプレゼントを預けるのかよく分からなかったんだけどさ、お前らが勝手に部屋漁って中身を見ちゃうからそれを防ぐためだったんだな。おい、お前ら。お前らの仲間思いの仲間たちにちゃんと感謝しろよ? 今年も本当にすごいプレゼントの量だぜ?」
いまりとさよかが目を丸くしている。
その瞬間である。
部屋のあちらこちらから。
押入れの中からせんだんとてんそうが、台所のほうからなでしこといぐさが、啓太の布団の中からともはねが、カーテンの陰からごきょうやが、浴室からたゆねが、トイレからフラノが満面の笑みでそれぞれプレゼントを持って現れた。
「はっぴ~ば~すでい、いまり、さよか♪」
わああっと一斉に泣き出したいまりとさよかの涙はしばらく止まらなかった。
少し遅れて家に戻ったようこ。さらに仕事を終えて駆けつけた薫も含めてその日の宴は夜更けまで続いたという。
そんな何時もどおりのある日。
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