啓太といぐさの一日
その日、川平薫の序列三位、いぐさは啓太の前でもじもじと居心地悪そうにしていた。
「あ、あの啓太様。それであの、お願いした件は、その」
上目遣い。
床の上にぺたんと座り、困ったような、羞じらい満ちた視線で、頬を赤く染めている。
逆に啓太の方は牢名主のように一段高いベッドの上に座り、あぐらを掻いてふんぞり返っていた。
「んふふ~」
彼は得意そうに背中から一体の木彫りのニワトリを取り出す。
「じゃん! ほ~れ、ソクラテス! お前のお願い通りちゃんとこいつを赤道斉から借りてきてやったぜ?」
「こけ~」
と、胡乱な目の木彫りのニワトリが翼を広げてる。いぐさがぱあっと顔を輝かせた。
「あ、け、啓太様、ありがとうございます!」
こけ~こけえ~と暴れてるニワトリを「こいつおとなしくしろ!」と啓太が押さえ込んでいる。それから彼は怪訝そうにいぐさに向かって尋ねた。
「しかし、ま、借りるのは別に手間じゃないんだけどさ。なんだってこんな変な奴が必要なんだ? こいつ人の服を勝手に変えるくらいしか役に立たないぞ?」
「あ、え~とそれは」
いぐさは瞳を泳がせた。それから急に早口で、
「じ、じつはですね、はい。せんだんがど~しても必要らしいんです。なんでも、新しい服を縫製するのにイメージ造りがタイヘンだとかでそれの助けになればと」
「じ~」
「え? な、なんですか? なんですか?」
「いぐさ」
「は、はい! なんでしょう?」
「分かってるよな?」
「あ、はい。分かってます、御礼としてうちでただでインターネットをお使いになりたいんですよね?」
「そいうこと。うち、ネット環境ないしな。ネットのえっち写真って見てみたいし」
いぐさがかあっと赤くなる。
啓太はにっと笑った。彼はそれからちょっと意地悪く、
「だから、別にそんな見え見えの嘘を俺につかなくったっていいんだぜ?」
「え? う、うそ? い、いったいなんのことでしょうか?」
いぐさの声が甲高く跳ねた。
ひょっとして好きなアニメキャラのコスプレをただしたいだけなのがばれてしまってるのだろうか?
いぐさは狼狽える。だが、啓太はそれ以上は苛めることなく「ほい」と木彫りに人形を手渡してきてくれた。いぐさはほっとする。
「あ、ありがとうございます!」
だが。
その瞬間。
「こけええええええええええええええええええええええええ!!!!」
早速、木彫りの人形ソクラテスが思いっきり反応を示した。かつて河原崎、という立派なオタクの念によって無差別に人をコスプレさせた魔道具。その力は健在だった。
「あ、あ、いやあああああああああああああああ!!!!」
いぐさは跳ねた。
即座に気がついた。自分が魔法少女のコスプレをしてしまっていることに。
「ほ~!」
啓太が思わず感嘆の声を上げている。ふりふりのワンピースに世にも恥ずかしい猫耳。おまけに金色のステッキまで持っている。
「あ、いや! これはダメ! これはちょっと放送時期的にダメ!」
いぐさはパニックを起こしてぱたぱた手を振っているばかりだ。啓太が叫んだ。
「落ち着け、こら! だいじょ~ぶ! 違う服を頭に思い浮かべればちゃんと服は変わるから!」
だが、いぐさは聞いてなかった。啓太は舌打ちをするとソクラテスを奪い取り、
「え~い、俺がやったる!」
完全に親切心でいぐさの服を変えようとしてやる。
だが、そこはスケベ心の帝王、啓太の話。彼の無意識は全く別のことを考えていた。
「こけええええええええええ!!!」
木彫りの人形が鳴き、白い煙が晴れてみると、
「あ」
いぐさがさらに固まった。
「ちょ、ちょっと! 啓太様、これ」
先ほどと衣装は全く変わっていなかった。ただ、スカートの丈が思いっきり短くなっていたのだ。いぐさは普段、街中では滅多にお目にかかれないくらいのロングスカートを好んで履いている。つまり足のほとんどを布で覆い隠していた。
だが、今、彼女のスカートはミニに変じ、すらりと白い太ももが剥き出しになっていた。ピンヒールから啓太の片手で握れそうなくらい細い足首のラインが実に被虐的な色気を放っている。
「かえて! 早く変えてください!」
啓太は慌てて頷いた。
「お、おう!」
どろん。
だが、事態はひどくなっただけだった。
「け、けいたさまああああああああああああああ!!!!」
いぐさが思いっきりスカートの前を押さえ、抗議の声を上げた。スカートは前よりさらに短くなっていた。
太ももの真ん中くらい。風が吹けばめくれてしまう。
「あ、あれ? もういちどえい!」
啓太が再びいぐさの衣装を替える。さらに短くなるスカート。
「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!!」
いぐさはもう声にならない悲鳴しか上げられない。顔が真っ赤になっている。スカートはもうほとんどパンツを隠す役割を果たしていなかった。
いぐさがちょっと身動きすればそれだけで白い布地が見えてしまう。
完璧に露出してしまった足。
「だ、だめ! だめ!」
いぐさはアヒルみたいにお尻を突き出しかけたが、今度はそれだと後ろが見えてしまうことに気がつき、慌てて前と後ろ両方から布地を引っ張る。
バランス悪くぐらぐら。その度にちらちら見えるパンツ。
「ご、ごめん。いぐさ! 今度こそちゃんと」
「も、もういい! もういいですから、啓太様!!」
いぐさが必死で止めようとする。だが、啓太はあくまで木彫りのニワトリに念を送った。
そして。
それから一月。啓太はいぐさに口を利いて貰えなかったという。二人だけの秘密。
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