啓太とたゆねの一日
「ううう」
たゆねが頬を朱に染めながら呻く。
「啓太様! 行きますよ! 絶対、絶対、約束守って貰いますからね!」
彼女はミニスカートの裾を抑え、叫ぶ。要所要所が発達したムチムチした体つきなのにやや小さめのミニスカート、シャツを着ているため、身体のラインが妖しいまでに浮かび上がってしまっている。
だが、たゆねはテニスラケットを握りしめ、
「啓太様! 行きますよ! 覚悟してください!」
ボールをぽ~んと頭上に放り、身体を大きく反らすと、思いっきりサーブした。対して反対側のコートで啓太が思いっきりにまあっと笑っていた。
ことの起こりはとても簡単だった。
本当に珍しく、その日、啓太の家には啓太とお使いに来たたゆねしかいなかった。薫からの贈り物を持ってきていたのである。
たゆねは啓太を警戒しているから挨拶もそこそこに立ち去ろうとしたが、たまたま啓太が見ていたテレビでテニスの中継をやっていたため、つい足を止めてしまった。「や!」とか「は!」というかけ声と共に高速のラリーを応酬する女子プロテニスは見ていて迫力があった。
スポーツ全般が大好きなたゆねはいつしか膝を突き、ついつい四つんばいで身を乗り出して見入ってしまっている。
啓太はそんなたゆねを見て、ちょっとおかしそうに笑いながら、
「なんだ? おまえ、テニス見たことないのか?」
そう尋ねた。
たゆねが頬を膨らませて答える。
「見たことくらいは当然ありますよ。ただやったことはないですけどね」
「ふ~ん。そういうや、お前、運動は得意だったんだよな」
「ええ」
啓太は無言で勝負の行方を見守っているたゆねを見てしばし考えた。
それから、
「なあ、たゆね」
出来るだけさりげなく尋ねた。
「おまえさ、テニスのことどれくらい知ってる?」
「え? なんでですか?」
「例えばさ、ラケットでボールを打ち合うくらいは知ってるよな?」
「知ってますよ~」
たゆねが不満そうに答えた。啓太はあえて挑発するように、
「ま、でも、あの線の枠内にボールを入れなきゃいけないってことは知らないよな?」
「だから、それくらい知ってますってば!」
「じゃあ、じゃあ、テニス発祥の地であるフランスに敬意を表してフランス語で点数を数えることは?」
ちょうど画面の中で、
『フィフティーンラブ!』
という声が聞こえた。たゆねはちょっとまごついてから、
「じょ、常識ですよ、それくらい!」
啓太はにまっと笑いかけたが、慌てて横を向いた。やっぱりたゆねは重度の負けず嫌いだった。特に啓太相手にはそれが顕著になる。
「そっかあ。おまえ、意外にモノを知ってるんだな~」
啓太はあえて感心したようにそう言った。
「あ、あったりまえですよ!」
たゆねがちょっと頬を上気させていった。啓太は続けて、
「じゃあ、女の子がテニスをやる場合、ミニスカートでなきゃいけないってのも当然知ってるよな?」
たゆねはちらっとテレビ画面に目をやった。
それからさも当然そうに、
「みんなそうやってるじゃないですか」
かかった、と啓太は思った。だが、それ以上は本心を見せず、たゆねを巧みに怒らせたり、自尊心をくすぐったりしていく。
そして気がつけばたゆねは啓太とテニスの試合をすることになっていた。
スポーツ全般に自信を抱くたゆねとしては啓太に勝負を挑まれては引くわけにはいかなかった。おまけに勝った方が負けた方の言うことをなんでも聞く、という条件が加わっていた。そのことがより一層たゆねの闘争心を掻き立てていた。
今、こうして啓太とたゆねはコートで相対している。
全ての手配は啓太がもの凄い早さでやった。コートを予約するのも、たゆね用のテニスウエアを入手するのも。
そして。
当然、女子テニスではアンダースコートというものをスカートの下に履くなどとは教えなかった。
だから、
「や!」
たゆねが見よう見まねにしてはかなり力のこもったサーブを打ってきた時、彼女のスカートの裾がはらいと舞い、
「や!」
真っ白い生パンがちらっと見えかけて思わず彼女はそれを手で抑える。
「や。やあ~」
「むふ!」
啓太はじっくりその姿を堪能してから、いきなり初動を開始し、瞬時に飛んできたボールに追いつくと対角線上に叩き返した。
「わ! わ!」
たゆねが一生懸命、駆ける。たゆんたゆんと揺れる胸元。
「えい!」
またバックハンドで球を返してくる。
絶対的な自信を持っているだけ合って、かなりの運動神経である。だが、啓太も負けていない。別に彼もテニス経験は格別ないが、
「うひょひょひょ!」
抜群の身体能力と類い希なスケベ心があった。
右に左に打ち返し、充分な時間的余裕を作るとラケットを肩に担いで、たゆねが走り回る様をじっくりとにやけながら観察する。健康的な太ももが躍動する様を。シャツがはだけきゅっと締まったウエストが覗くのを。
ちらちらと閃くミニスカートを。
その奥の純白のパンツを。
恥ずかしがるたゆねのさまを。それでも必死に打ち返してくる彼女の朱に染まった頬を!
そして。
「うう」
たゆねはとうとうへたり込んだ。
啓太の放った必殺のショットがとうとうコートのぎりぎりに入ったのだ。追いつけなかった。もちろん、正式な点数などカウントしていなかったが、啓太とたゆねにとってそれで充分だった。たゆねは負けた。
羞恥心が足を引っ張って能力を全開できなかったとか、スカートがひらひらしすぎて気になったとか、そんな言い訳はしなかった。
「い、いいですよ。啓太様、なんでもご命令ください……」
負けた悔しさに唇を噛みしめながらもそう言う。
だが、啓太は紳士だった。
うずくまったたゆねにそっと手を伸ばし、
「バカだな。そんな賭なんかもうどうでもいいさ。俺たちの勝負。そんなに安いモノじゃないだろう? お前と戦えたのが俺のなにより誇りさ。さあ、立てよ」
たゆねを立ち上がらせた。
たゆねはびっくりして次に、
「啓太様……」
少し頬を赤らめて啓太の手を取り立ち上がった。
「あ、ありがとうございます」
啓太が『も~充分、たゆねの若々しい肢体を堪能したからもういいや~』などと考えているなどつゆ知らず、
「また、戦っていただけますか?」
恥ずかしそうにそう尋ねた。えせ爽やかな顔で微笑む啓太。
二人の間になにがしかの相互理解が出来上がった。
かに見えた。
後日、『アンダースコートの存在』を知ったたゆねが大激怒して、啓太をむちゃくちゃにぶっ飛ばしたのはまた別の話である。
そんないつも通りの一日。
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